こうして凡人が才能溢れるプロフェッショナルの作者に配慮を迫り、作品は修正を加えられ、最初の意図と別のものになる。
お笑いだって似たようなもん。
これが今後50年以上は続くんだろうな。
日本の表現は終わった。
日和る、とかよりも、終わったな、と思った。
海外の映画とかで配給後、この表現はこの人に配慮してないので編集を変えてもしくは修正して、で変えるもんなのかな。日本以外は俺はよほど侮蔑的な表現以外は変えないと思うんだよな。骨子の部分なら。作品は、フィクションだからね。
本人が良ければ良いんだよ、の意見はわかるけど、ひとまず。これで圧殺されて来たのが日本の空気読んできた作家さん方だと思うので。
配慮をしてくれ、は天才を殺す。人を傷つけない表現しかしない、という人間は嘘をついてる。人は無意識に人を絶対に傷つけてるのだから。配慮した上で作者はペンを握ってないわけないじゃないか。
プロフェッショナルなんだから。
配慮したけど傷ついたかな?ごめんね?だけど、これは僕なりには決意を持って、気をつけて、しっかり心情を描いたつもりなんだ。嫌なら読まないでくれ、申し訳ないけど、が本当に配慮してたなら筋の意見なのかなと思う。
手塚治虫氏の、当時の表現は今は差別的なので本人も死んでるし修正、とかとは性質が違う。
いや、本当に何か、何してくれてんだよ、と作者さんによりも、こんな提案をした人間をボコボコにしたいぐらい腹たった。作者さんが受け入れて修正するのは本人の意思なのでそれは作った人の意思で良いとは思う。
いや、本当に読んで数年ぶりに震えた作品なのに。
まあ、ジャンプ作家は大衆に向けて作ってるのだから、これぐらいの配慮は当然ですよね。
という教科書みたいな意見言う人には、この漫画書くようなクリエイティブなことは一生出来ないんだから一生黙っとけばいいのに。
押し潰される側が不憫だなと思う。